50代からのリフォームで女子力アップ工務店のみどりんです。
今日から、本格的なお盆休みですね。
結構、連休やお盆や正月や、
長期のお休みの時に、
水が止まらない・ウォシュレットが動かない・鍵が壊れたなど、
突発的なお困りごとで、出動することがあります。
今回もそんなことのために、ボーっとスタンバイ。
というところで、今回は、
何で工務店やってるの?というお話を書きます。
そもそも、父が工務店をしてたから、
なんですが、
その仕事を継ぐ気なんて、これぽっちもなかったです。
よく「お父さんと仲いいのね」とか「お父さん思いね」とか
思われてるようですが、全然違います。
もともと、中学の頃から父のことは大嫌いでした。
子どもの前で
ビニ本を見る、ホステスさんとくっついた写真を見せびらかす、
というサイテー男。
口を開くと、
「女は勉強なんかせんでええ。
男にかわいがってもらうんが一番ええ。」と言うしまつ。
進路を考えてた時も、
「学校なんか行かんと、ホステスになれ。水商売はええぞ」
ニタニタ…
そのお陰を持ちまして、
「男には頼らない。何か技術を身に着けて自立する」
と強く思って、高専を選びました。
建築学科にしたのは、
学校見学の時に、建築にしか女子がいなかったからです。
(ちょっと弱気になってしまった)
卒業後は、
出産まで、ゼネコンの設計部で働いていました。
出産後は、ずっとデザイン設計事務所に勤めてました。
父の工務店とはホント無関係でした。
ところが、
バブルで、ババを引かされた父は、
銀行に差し押さえ。
その時に、父がしてた新築工事が3件。
ちゃんと仕上げて納めるために、
仕方なく私が別会社を立ち上げて、引き継いだのが、
みどり建築の起源です。
強い志も、思いも何も無く始めました。
設計と施工。畑違いの仕事。
初めは、これっきりでずっと続ける気はなかった。
でも、
現場に出て、いろんな職種の職人さんたちと接しているうちに、
「あんたの父ちゃんはひどい」
「結構、あんたの父ちゃんに泣かされたわ」
という声が聞こえてきました。
この時初めて、父の仕事の実態を知りました。
私は、ずっと知らんかったけど、
この職人さんたちの涙のおかげで育ってきたんや。
と思ったんです。
じゃあ、このまま仕事を続けて、
仕事を取ってきて、この人たちに恩返しをしよう!
そして、
父が建てた家に住んでくれてるお客様たちが、
これから先も困らないためにも
みどり建築を存続しよう!
そう決意して17年。
その間、
技術系の路線だった私は、
商売や経営なんか、全然知らないし、
仕事さえしてたら、収入が入ると思って働いていました。
でも、全然利益が出ない。というか、利益を乗せられない。
いろいろ足掻きました。
大工の父と同じことは私にはできない。
私スタイルを見つけないとやっていけない。
木スクールや温熱スクールや耐震スクールや、
建築の事を勉強したり、経営、戦略の勉強をしたり。
そして、
どんどん、頭でっかちになって、重くて動けなくなっていた。
詰め込むだけ詰め込んで、
アウトプットができなかった。
外に出さないと、中に溜まってるだけで、
外方見ると、無いのと同じ。
でも、まずは、17年間。
続けてこれたのは、方向性は間違ってなかったからと思います。
これからは、もっと、
私が知ってることを発信して、
地域の方々が、ひとりでも多くの安心と幸せに暮らしていけるお手伝いをしていきたい。
今は、志と想いをいっぱい持ってます。
コロナのおかげで、
ちょっと立ち止まって考える時間ができました。